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精工舎 SEIKOSHA

2. 精工舎の創業:石原町で生産開始

服部金太郎は東京市本所区石原町に明治25年5月、 廃業したガラス工場の建物を利用して服部時計店時計製造部門の精工舎工場を創業させ、7月にはじめて掛時計の生産に成功したといわれている。

創立当時の従業員は十五、六人で当時本所一帯に散在していた金属器具業者と同様な零細工場であった。 石原町工場では機械体の加工と総組立てを行い、付属品や箱は外注していた。

動力は当時の零細工場と同様に当初はブリ輪と呼ばれる大きな車を手回しで回す人力であった。 その後、蒸気機関を設置しようとした所、石原町が人口密集地であったため許可が下りず、 近くの柳島町(現墨田区太平)の空き地を選んで翌明治26年に新工場に移転することとなった。 よって石原町工場時代とされる期間はわずか約1年半位である。

生産高はよく分かっていないが、明治26年には日産1〜2ダースとも書かれている。 現存する石原町製品は、活動期間が短いにもかかわらず、幻といわれるほど数は少なくない。 程ほどに現存していることから、石原町後期には結構量産工程が完成された事をうかがわせる。

石原町の工場は柳島新工場の本格的な設計を念頭においた試験的な工場であったいう見方もあるが、 その後の柳島工場の飛躍的な発展を見るとうなずけるものである。

石原町時代の製品の振子室ラベル

精工舎掛時計の代表的なマーク(商標)

鍵Sマーク

鍵S印、丸S印

扇Sマーク

扇印

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