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明治の時計塔

10. 新潟市公会堂時計塔(新潟市)

戦前の新潟公会堂

新潟公会堂は展望時計塔の付いた三階建のモダンなアールデコ建築で、高塔に配した一面の巨大な電気時計は直径が八尺あまりと当時全国二番目に大きな時計であった。 公会堂は篤志家、新津恒雄翁の50万円の寄付により昭和13年に竣工。 新津恒雄翁は三島出雲崎の出身で製油業で一代で財を築いた、現在の丸新グループの創業者である。(現在の市内中央区旭町、新津記念館として有名)

公会堂は美術館さながらの文化の殿堂であり、200点を越える日本画、洋画が展示されてた。 戦火、大火から免れ、半世紀余の風雪に耐え、戦後は一時進駐軍の新潟軍政部として接収され、また大火により臨時の市役所の役割も果たしたが、 新潟地震では大時計も1時1分を指して止まってしまった。 その後は、時計は撤去されてのっぺらぼうな寂しい文字板であった。 平成6年12月には老朽化により閉鎖、取り壊され、平成10年跡地に「新潟市民芸術文化会館」が完成。 壊すには大変おしい新潟のランドマークであった。

昭和13年5月14日記事

新潟毎日新聞

新潟公会堂の時計塔は全国第二の大時計、一番は日比谷公園の市政会館の時計塔の時計であったことがわかります。

昭和15年の公会堂

右の橋は昭和橋

昭和22年の商工祭を見物するアメリカ兵

(軍政部となった公会堂)

新潟地震で被災、1時1分で止まった公会堂大時計

昭和39年6月16日
(アサヒグラフより)

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