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明治の時計塔

2. 金森時計店時計塔(函館)

末広町西部通りの景

(函館名所)
函館要塞司令部御許可

現在観光地となっている金森赤レンガ倉庫の創業者 渡邉熊四郎氏が明治11年(1878)に開業した時計店。 函館では金森時計店が最初の時計商といわれている。 木造二階建て店舗には立派な時計塔があるが、機械等の詳細は不明。 通りの路面電車は大正2年(1913)に 馬車鉄道の軌道を利用して運行を開始したもの。 写真の時計塔のある金森時計店は大正13年の火災で罹災し、大正14年12月、「四階楼」に時計台を配する森屋百貨店に移転した。

函館要塞司令部御許可

絵葉書のタイトル左横に「函館要塞司令部御許可」とある。 明治28年(1895)の日清戦争後、函館には陸軍築城部の函館要塞築城事務所が開設されたため、 要塞地内での無許可の写真撮影は法律で禁止されていた。

参考文献 函館市史

時計塔を継承した森屋百貨店

函館市末広町西部より東方を望む

昭和2年8月30日 津軽要塞司令部再閲済

大正14年築の森屋百貨店の絵葉書。大正初期のセセッションスタイルの鉄筋コンクリート造3階建て新店舗には時計台が継承されている。 金森合名会社は大正13年8月27日の大火災で消失した金森時計店も含めて百貨店を経営する事にしたようである。

この時計塔は?

末広町東部電車通り

(最近の函館)
THE VIEW OF HAKODATE

この絵葉書の時計塔は金森時計店のものであるのかはっきりしませんが、ひとまずここに掲載しておきます。 通りが東部通りであること、時計塔の形が異なるように見えることから、別の時計塔の可能性があります。 金森時計店の支店かも知れませんし、明治44年9月1日発行の日本時計商工誌附録によると 末広町には加藤久太郎、奥津鶴吉、佐藤寅蔵、後藤勘作の四件の時計屋さんがあったようですから、 金森とは別かも知れません。

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