3. 横浜見物図會 芳員画
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「横浜見物図會 芳員画」万延元年(1860)
安政6年に開港された横浜は各国の領事館や外国商館が立ち並び瞬く間に変貌を遂げて行きましたが、それらの外国人を主体として
描いた風俗錦絵を横浜絵、略してハマ絵とか呼んでいます。
近年では横浜錦絵とか横浜浮世絵などとも言われます。
開港直後の万延元年から翌文久元年まで爆発的な流行を見ましたが、特にこの頃のものは絵が溌剌としていて、江戸の技術、
材料で西洋の物を描くといった不思議なインパクトがあり大変魅力的なものが多いです。
明治に入ると色もけばけばしくなり類型的なものが多くなり、江戸期のものには及びません。
横浜絵のビッグスリーは作量からいっても芳員、芳虎、貞秀が有名です。
この「横浜見物図會」は芳員の傑作のひとつとされ、西洋時計が描かれた錦絵としては一番初期に属するものです。
ステッキとタバコを持った紳士と、右上には写真鏡で描かれた肖像画及び掛時計が配された、なかなかしゃれた錦絵です。
写真鏡とは当時輸入されたカメラオブスキュラの事で、暗箱カメラのような格好をしていてレンズを通して入った画像を
45度の鏡に反射させて正像にして上に投射して、これをスケッチしたものでカメラでは有りませんが一眼レフの原理です。
時計は「時計真写アメリカ」とあり、アメリカ掛時計の印象を受けますが、むしろ国産箱に入った分銅引きのモービエクロックを
思わせる姿で興味深いものが有ります。
