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材料より観たる時計

2. 頁1〜3

チャールス河の畔よりマサチウセット州ウオルサム市なるウオルサム時計工場の全景を望む時、 其の壮麗なる光景には誰も感嘆せぬものはありません。 此の有名なる時計工場こそ亜米利加に於ける懐中時計製造の最も古い歴史を有するもので、 其の創立は実に西暦一千八百五十四年のことであります。

抑々此工場の起りは一千八百四十九年アーロン・エル・デニソン氏がマサチウセット州スプリングフィールドの造兵廠で 小銃の製造上新しい方法を発見しそれが懐中時計製作の上にも応用し得らるることを思いつき、 ボストン市郊外なるロックスバリー掛時計工場内に二三の機械を据付け之を試みたるに始まります。 次で翌一千八百五十年に小さな工場を建て最初の時計原型を造り上げたのでありましたが、それは八日巻に設計した為めに不結果に終わってしまいました。 而して尚惨憺たる苦心研究の結果漸く実際に最初の時計を市場に提供したのは一千八百五十三年のことでありました。 斯くて茲に初めて其の根底を築き上げたる会社は更に其の製作上理想的場所を選定するの必要に迫られ、 塵埃を避けてボストンから十二里隔れるウオルサム市に移転したのでありました。 これ即ち現工場の起原であります。其位置はデリケートな器械の製作には今も猶依然として無類な好適地であります。 即ち一方は清らかなチャールス河の流れに面し、他の三方は樹木豊かに生い茂り、太陽の光麗らかに花美しく咲き匂う公園によって囲まれて居ります。 加之空気き清く澄み渡り埃とては何処にも認むることも出来ない程であります。

此のウオルサム時計会社も、其の最初なる一千八百五十四年には、僅かに九十人の職工を使役し、 一日に辛うじて五個の時計器械を製出するに過ぎませんでした。 然るに爾來幾多の変遷を経て現今では其の生産高に於いて將た製品の品位に於いて押しも押されぬ世界第1位を占むるに至り、 一日に三千五百個以上の時計器械を製出し使用人の集団は殆ど一王国を成すかの観があります。 而して其の生産高の累計に至っては実に二千四百万個以上に達して居ります。 之を以ても其の盛んなる状況の一端を窺うことが出来ましょう。

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はしがき

本書は読者諸君に所謂良い時計とは一体何の点が優れて居るのであるかと謂ふことを判然了解せしめるのを以て目的としたものであります。 それが為めには信頼すべき時計たることに関係のあるその材料及び製造の経路の一端を述べる必要があります。 本書は其の外又時計選択の指針となり、且つ決して狂いはない保証ともなるべき種々有益な知識をも述べて居ります。
大正十年五月

〔3頁〕


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