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3. 銀側懐中時計修理

銀側懐中時計修理の領収書

明治初期、24.5x11cm

  • 銀側時斗直シ代
  • 金四拾銭
  • 右の通〇手仕〇也
  • 七月三十一日
  • 武州熊谷仲
  • 時計師
  • 伊藤清七

銀側懐中時計修理の領収書のようです。
武州熊谷とは武蔵の国のことで廃藩置県(明治4年7月14日)より前の幕藩時代の呼び名ですが、現在の埼玉県熊谷市です。 こういう古い国の呼び名は一般にはすぐに改めにくかったようで、 その後もこういった古い呼び名が民間ではしばらく使われていました。 時代の年号が入っていませんが、旧暦には31日は有りませんので明治6年改暦以降の明治も古い時代のものであると言えます。 (明治20年代までのものか?)

銀側時斗

武州熊谷仲
時計師
伊藤清七

先の領収書にも有るように、古いものには時計ではなく時斗と書かれたものが多いようです。 それに時計商(舗)ではなく時計師と名乗っているところが珍しく、特に江戸時代から民間時計師でも、 お上の御用を受けた人は御用時計師と言って位が上でしたので、時計師と呼ばせる何かがこの方には有ったのかもしれませんね。 修理専門だったのか販売もしたのかは読み切れません。 ただ用紙の、記、右の通 、月、 武州熊谷仲 時計師 伊藤清七 の文字は木版摺りであらかじめ摺ってあるもので、 店用の領収書として用意して、内容によって書き加えられていた可能性が有りますので販売用にも使われたのかも知れません。
古き良き時代の香りが漂う(かび臭い?)味わい深い領収書です。

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