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懐中時計の基礎知識

1. はじめに

此の検査は、時計修理の根本をなす最も大切なる作業であって、医者が病人に対する診察が誤って居たら、 如何に良薬を服ませても、如何に上手の手術を施しても、何の効果もないのと同様、時計の欠点を発見する事が出来なければ、 修理をなす事は出来ない。
而して此の検査は易い様で中々難しいもので、普通に時計師で御座ると云って、店舗を構へ堂々とやって居る人の中でも、 一回の検査で総ての時計に対し、完全に間違いなく欠点を指摘する人は極稀で、先ず百人中二・三人も無い位のものであらう。

故に、諸君は本記述の全般に渉り、読書百篇意自ら通ずとの古諺(こげん)の如く、 二回も三回も或いは十回も精読して、良く頭に入れ、同時に実地に當って後、約二年内外熱心に研究したら、 先に述べたる百人中二・三人の上手の中に入ることが出来る。 此の二年とは、開業後を指すのであって開業前は本記述を良く頭に入れ、自分の練習用時計にて、 熱心に二・三ヶ月も研究したら開業して、金を儲けつつ実地に當り研究するのである。 特に近頃は、十型以下の小型の時計が流行して居るが、小型になればなる丈、僅少の欠点故障で運転は停止するので、 従って故障の発見も困難となるから、諸君は緊褌(きんこん)一番、熱心に研究するを必要とする。

2. 客の問診

客が時計を一寸見てくれと持って来たら、時計を手に取って、何時ごろ注油をしたか、落としたり何物かに打當てたり、 機械を針先でほじくったり子供が(もてあそ)んだり等したことはないか、 其他客の知って居る時計の故障等を参考の為に聞くのである。
熟練せる者は、此の客の提言と時計の二・三箇所を見た丈で、其故障は何れにあるか、直ぐに見分けることが出来るが、 始めは中々そんな訳には行かない。
併し大抵の時計は全部が悪いのではなく、一箇所或いは二箇所位の故障が一番多いのだから、 此の客の提言によって見当を付け検査を行へば、故障の発見が容易である。
例へ故障の点を発見した時でも、必ず全部の検査を緻密に行ひ、他にも故障なきやを確実に調べなければならない。 一・二箇所の故障を発見したら、他には故障はないだらう位な推量で、検査を粗雑にすれば、 後で二重も三重もの手数を要する様な事が往々ある。 即ち組立ててから又分解して検査のやり直しをやらなければならない様な事があるから、 極めて緻密に全部に渉って検査を行ふ事を忘れてはならない。

3. 最初に側の検査

先ず最初に側の検査をやる。 打當てるか落とすかして、側に凸凹が出来てはいないか、其為に機械の部分品を圧迫又は破損してはないか等を調べ、 次に龍頭を廻して見て、全舞が切れては居ないか、ネジのかかり具合はどうであるか等を調べ、 次に龍頭を引出して剣を廻し、長剣が硝子に接触せないか、短剣が長剣に触れないかを見たら、 表硝子縁を取外して、尚ほ一度剣を廻し、秒剣が短剣又は文字板に触れないか、短剣秒剣の足が文字板穴に接触せないか、 又各剣は文字板に対して、何れの点に於いても、常に平行を保って居るか、或いは短剣が文字板を一周する間に於いて、 剣相互及文字板等に接触せないのに、龍頭を廻し悪い所がありはしないか、又は剣は順當に廻るか、換言すれば、 短剣が十二分の一周即ち一時間の目盛を進む間に、長剣は正確に一周するか等も検査する。 若しどこかで引掛かる様ならば、剣廻に関連する諸車又は日裏諸車等の歯車、カナ或いは軸真、 ホゾ等が曲がるか折れるか或いは摩滅するかして居る関係である。

若し長剣と短剣との廻る割合が違ふ時には、旧式時計に於いては、筒カナの真に対する締まり方が緩いからである。 新式旧式に関係なく、傘車と文字板とのユトリが多過ぎる場合には、文字板の方を下にして運転する時に、 傘車が文字板の方に下がったが為に、日裏カナとの喰合が外れたり、又は日裏伝車も共に下がって筒カナとの喰合が外れたりして、 長剣のみは正當に廻っても、短剣は動かず取り残されるから、之も試さなければならない。

之を試すには文字板の方を下に向けて。短剣を長剣の方に下がる丈引下げて、指先又はヒゲ箸で短剣を廻して見る。 外れる丈のユトリが無ければ短剣は動かないが、若しユトリが多くて此等諸車の喰合が外れたら、 短剣は長剣に関係なく独りで前方にでも後方にでも自由に動くから、直ぐに見分けることが出来る。

出典 時計並蓄音機学理技術講義録 大阪時計学院
(大正時代)

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