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吉沼時計製造会社・東京時計製造

3. 煉瓦造新館を建設 明治31年

新築移転営業拡張之御披露はがき

明治31年10月10日付吉沼本店が日本橋通2丁目に煉瓦造りの三階建新館の落成披露案内のために配ったハガキ。
屋上に大きな時計塔を設けてその上が望楼になっている、今残っていればさぞかし名物的な建物であったろうと思われる洋館です。 良く見ると望楼で望遠鏡を覗いてる絵まで入っています。 鉄道馬車に店の前には自転車や人力車が並び馬車も見えます、すべてに文明開化の名残を思わせる風景でこの絵を見てるだけで 良き時代に吸い込まれそうです。
このハガキは「商品割引切符代用ハガキ」となっていて、このハガキを持参すると正価の5分引きになる特典が付いて、 今と同じ感覚の商売ですね。 用が済めば捨てられるはがきが良くぞ残っていたと・・感激の?資料です。
右下隅に「生巧館刀」と見えるのは、当時写真製版が出来るまでは、撮った写真を元に木口木版で精密な絵を柘植の木版で彫って 活版印刷文字と一緒に印刷したものです。 木口木版は明治以降外国から入ってきた手法で日本の伝統的な浮世絵の板目木版(板目の方を版木に使う)と違った木口 (木を切ったこぐち=木口を使う)を使うため木口木版(西洋木版)と呼ばれています。 ツゲの木は大変硬く機械印刷にも耐えられるもので写真代わりの図版として新聞や雑誌、ラベルなどに重宝されました。 生巧館はそんな木口木版の老舗工房で、そんなサインも時代を感じさせるうれしい発見です。 ハガキの表を見ると大日本郵便、桐に壱銭のマークがなんともレトロ。
消印が上から「武蔵」「東京」「丗一年十月」「二十六日」「ヲ便」その下に又着信?と思われる二十七日の消印まであって、 何かと時代もののハガキです。

雑誌「太陽」に掲載された広告

明治31年12月5日発行(第4巻第24号)

新築移転祝宴の様子

以下は新築移転の祝宴の様子を記した雑録です。芝公園にあった紅葉舘で行われ、来賓には服部金太郎や横浜河北直蔵、高村光雲の名もあります。

吉沼時計店の祝宴

「かねて日本橋通二丁目に六層楼の大厦を建築中なりし吉沼時計店は 此程全く落成せしを以て其移転開業の披露として去十七日午後二時より芝公園紅葉舘に於いて祝宴を開きたり

今其の概況を記さんに先ず同舘の入口には大国旗二流を交叉し其の傍らには各国旗とほおずき提灯数百個を点綴し庭内にはまた各国旗とほおずき提灯数百個を点綴すると共に 中央には天幕を張りてここに楽隊を奏し猶来賓假席には同店発売の蓄音機に当時流行の蓄音を仕掛け 及び三遊柳派の落語家数名ありて交々滑稽落語を演し

それより来賓のほぼ揃居しを待って階上の式場に案内するや 来賓諸氏の祝辞塩田真氏の演説主人の答辞等〇〇たわて酒宴に移り座間には紅葉舘の酌婦三十余名及び柳橋紅裙連大小三十余名 いづれも腕によりを掛けて周旋是れ努むるの間全舘得意の和歌三神 新四季の舞ならびに同店に因める新曲の手踊その他柳橋紅裙の手踊数番を演し洗杯数巡 いづれも十二分の歓をつくして散会せしが当日重なるの来賓は塩田真 福池源一郎 前田建次郎 有馬龍斎 勝a 池戸民国 平田宗幸 高村光雲 中島春郊  西森骨皮道人 服部金太郎 前川太平衛 平山周次郎 横浜河北直蔵 金森桝吉 有泉又蔵の諸氏および日本橋警察署長 同区長代理 国会議員 府会議員  区会議員 各新聞記者 清国人等百七十余名にして近来稀なるの盛宴なりし」

「實業寶誌」第二号 より引用
(明治31年12月15日発行)

吉沼商店製の茶托

径11cmアンチ製 明治31年頃?

吉沼又右衛門が何かの記念に配ったと思われる茶托。
底とツバの部分がツーピースにプレスされハンダ付されています。 表面には懐中時計の鎖の中に吉沼商店の文字と香炉、双眼鏡、指輪、酒注、盃などの絵が浮き出しになり、 ツバ先に鳳凰文様が廻ってます。 アンチに銅メッキですが、あるいはこの上に金色メッキが施されていたのかも知れません。 底は時計文字板文様になっていますが銅メッキも剥げています。 賑やかな目出度い文様の茶托ですが使い込まれて良い味に?なっています。
裏に吉沼記念と有りますので明治31年日本橋区通二丁目、煉瓦造新館建築披露の時の記念品かも知れません。

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