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戦前戦後

1. シグマ目覚 【パイロット精機株式会社】

Sigma シグマ目覚

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メーカー 製造年代 大きさ 仕様・備考
工場:シグマ工業株式会社、パイロット精機株式会社(東京都板橋区)
発売元:シグマ商事株式会社(東京都中央区日本橋)
昭和24年頃 本体直径10.5cm
高さ12cm
文字板3吋半
毎日捲き、金属枠、台はアルミ製、セルロイド夜光文字板

時計史上ほとんど語られることのない?珍品「シグマ工業株式会社、パイロット精機株式会社」の目覚時計です。 時代の流れの中で戦時下企業は何らかの軍需産業に携わらなければ資材の供給を受けられなかったようで、 パイロット精機は、万年筆の「パイロット」の姉妹会社として昭和19年3月に海軍航空工廠の要請にて応えて 設立され、主に爆管・羅針盤用ビポット等の軍需品を製作していました。
終戦後、その設備を平和産業に転換する際に、パイロット精機はライター・時計・ボールペンを生産しましたが、 時計は精工舎などにブランド負けし間もなく撤退しています。 短期間にて製造・販売しているため、機械はどこかの時計会社のOEMにも思えますが、意外や意外、 時計を完全に自社生産していました。
詳細は以下の通りです。

写真の時計は、ビックベン型の中三針ではなく二針タイプですが、中三針タイプも存在しました。
どれだけの生産・販売実績があったのか不明ですが、 時計本体の枠とアルミ製の台を取り付ける穴が手加工で失敗して、修正してあったり、 裏蓋内部のカバーをネジで固定するための切り欠きが、これも鋏で手加工であったり、 この時計を見る限りとても量産した時計とは思えない作りです。

調査協力:パイロット・ナミキ・ペン有限会社
(坂本孝氏の著作より抜粋)

機械
Sigma Σ Alarm
PILOT SEIKI CO.,LTD. TOKYO

各社目覚時計生産実績 昭和22年8月

まったく不明であった生産個数ですが、少しだけ掴むことができました。
単月だけ見ると、月産920台です。生産能力には大きな変化はなかったと思われますので、 生涯の生産個数は、920個×30ヶ月(製造期間を2年半と仮定)=3万個以内でしょうか?

会社名 服部 東洋 英工舎 東京 農村 鈴工舎 パイロット
生産数(個) 26,208 2,941 2,000 301 5,702 36 920

「調査月報 昭和23年3月 臨時号 輸出産業資料 時計工業 
日本勧業銀行調査部」より

日本時計学会「時計」昭和24年より

表紙写真
シグマ工業株式会社製 最新49年型中3針"Sigma Alarm"を示す技術と製作良心を結集し且つ 戦後唯一の新興時計メーカーとして売り出した。斬新にしてスマートな高級目覚(3吋半夜光付)である。
(1)形態優美,(2)ベル音明澄,(3)堅牢無比の外装を誇り、内容は(1)パイロスミン天真,(2)防塵装置, (3)機構の完全等、現在時計界の最優秀品と目され広く海外に輸出して好評を博している。

発売元 東京都中央区日本橋3丁目1番地
シグマ商事株式会社
電話日本橋(24)○○○○番
工場 東京都板橋区志村前野町 1044番地
シグマ工業株式会社
パイロット精機株式会社
電話板橋(96)○○○○番
Sigma シグマ目覚
(中三針型)
「時計」昭和24年9月号表紙
Sigma シグマ目覚
パイロスミン天真の装着と防塵装置による耐久絶大
(二針型)
「時計」昭和24年7月号広告

パイロスミンとはパイロットが戦時中に開発した代用イリジウムでクローム、タングステン、ニッケル、ボロンの合金です。 金ペンの先端には本イリジウムがついていましたが、普及品のステンレスペンの先端には一般的に代用イリジウムが使用されたそうです。 パイロスミン天真は万年筆の技術を活かして天真の耐摩耗性を向上したパイロット精機ならではの天真と言えます。


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