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懐中時計の基礎知識

6. 全舞戻し

次に全舞を戻すのである。 龍真を機械に入れ込んで、時計を左手掌に握り、左手の親指と人差指にて、龍真を掴み、右手にてネジ廻を持ち、 ネジ廻の先にて、コハゼを全舞巻車より離す。 此時龍頭の掴み方が緩かったら、全舞は一時にチャッと音を立てて戻る。一杯に巻かれたる全舞が一時に戻ったら、 時計は大抵損傷を蒙る。即ち歯車やホゾ等を折ったり、曲げたり、又は全舞が切れたりするから、 必ず一時に戻さない様、二本の指にて確実に掴んで、静かに少しずつ龍頭を逆に廻し、全舞を戻すのである。 此は二三回も練習したら、大抵会得することが出来る。

7. アンクル取離

全舞が戻ったらアンクルを取離す。 先ずアンクル押の止ネジを抜き出すのであるが、此際注意を要することは、 ネジ廻がネジ頭より往々(すべ)り落ちて、 其の為にアンクルに損傷を来たすことがあるから、ネジ廻を真直に支持し、決してネジ頭より辷り落ちるが如きことなき様、 充分の注意を要する。

抜けたるネジを挟むには、ヒゲ箸にてネジの中央を成可く深く確実に、そして余り強くない様に撮み、順序立ててネジ置台に整理して置く。 ネジは同じ様でも、全部異なって居ると考えるのが間違いが少なく、又余り強く挟めば飛び散り易いのである。

次にネジ廻にて押を静かにこじ上げ、ヒゲ箸にて挟んで取去り、それからアンクル竿を下駄歯に近く挟んで取出す。 之も注意せなければ、ホゾが小さいから折ったり、又は爪石を損傷したりし易い。

8. 伝車取離

次にガンギ車・四番車・及び二番三番車の各押を前に説明せし通りの方法にて取離したら、 ガンギ車・三番車・四番車の順に各車を取離す。 普通は二番車は取離さなくともいいのだから、三番車から先に取らなければ、四番車は取り悪いのである。 総て各部分品を取り扱う際には、必ずヒゲ箸を使用し、決して手を触れてはならない。 殊に掃除後は尚更で、手脂が付いたら錆を生ずる虞があるからである。

9. 香箱取離

香箱を取離すには、先ず全舞巻車(巻伝車は普通は取離す必要は無い)を取離し、次に押のネジ(普通三本)を取ってから、 前同様の方法にて香箱押を取離せば、香箱やギチ・ツヅミの両車が現れるから、ヒゲ箸にて之等を挟み出す。 龍真は各伝車を取り出す前に抜き出して置く方が宜しい。

10. 全舞取出

香箱蓋の一端の、小さき切込みにネジ廻を入れて、こぢれば蓋は直に取れる。 蓋が取れたら、次に香箱真を取り出す。 香箱真の全舞引掛けが、全舞の内端の穴に入って居る所をネジ廻にて、こぢ離して取れば直に取れる。

次に全舞を取るのであるが、之は注意せなければ、香箱も全舞も共に飛び散る虞がある。 香箱を左手の親指・人差指・中指・食指の四本の指先にて確実に支え、ヒゲ箸を右手に持ち、 全舞の中心を挟んで少し引き出すのであるが、此の程度は全舞の長さの約三分の一、即ち全舞が独りでに飛び出ると云ふ程度である。 そうしたら、右手指を操作して、全舞が一時に飛び出さない様、次第次第に静かに取り出す。 一時に飛び出す様な事をすれば、全舞に激動を与えるから、切れ易くなる虞がある。 其の時は切れなくとも、後で切れ易くなる。

11. 銘々式(めいめいしき)其の他の説明

之は機械押分割の数に依って与えられたる名称で、即ちアンクル式に於いては六個に分割されているのを銘々式と云ひ、 其の他五分の四式・四分の三式・切落式(きりおとししき)全板式(ぜんばんしき) 等に別つ。

五分の四式とは五個に、四分の三式とは四個に、切落しは三個に分割されて居るのであって、全板式とは一枚押を云ふのである。

12. 其他の諸式の異なりたる点の分解注意

龍頭引出装置ではない龍頭巻の分解は、龍頭止ネジが首又は香箱押の龍真の線上にあるから、此ネジを緩めれば龍真は抜ける。 其他の箇所は同一である。裏車式龍頭巻は、中央車・巻伝車・剣廻車等は分解せず其の儘洗浄をなして宜しい。 鍵巻式の全舞を戻すには、香箱真に鍵を入れ鍵の頭に全舞戻し器を嵌めて、コハゼを万力車より外し、緩やかに廻転せしめつつ戻す。 米国式表車龍頭巻装置の分は、龍頭は抜き去らずとも、剣を廻す時の様に単に少し引き出したらいい。

分解したる部分品は、西洋式(便箋にても宜しい)の白紙の上に順に列べて置いた方が、組立の際分かり易くて宜しい。 殊にネジ類は前にも述べた通りであるから、必ず順に列べて置くべきで、ネジ置台がいいのであるが、無ければ硝子の洗皿の蓋でもいい。 各押のネジは一見同一であるが、香箱押のネジの中一本又は二本は必ず短い。 ここに長いネジを入れたら、時計を壊す虞があるからである。

其の他、異なりたる式の時計もあるが、前述の諸式を良く了解し、分解法に熟練したら、容易に分解することが出来る。 押ボッチは、ネジで止めたものもあるが、大概は機械を取り出したら、落ち出るのであるから、紛失せない様、 ネジと一緒に整理して置くのがよい。

出典 時計並蓄音機学理技術講義録 大阪時計学院
(大正時代)

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