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懐中時計の基礎知識

4. アンクルエスケープメント(整動機)

クラブツース式

エスケープメントは、整動機(せいどうき)と訳し、全舞の力を制限調節して、一定の区間を区切って、 ガンギ車の歯一桁宛づつを回転せしむる動作をなす所のものである。
此のエスケープメントの種類は種々あるが、現今最も多く採用されて居るものは、アンクルに依る整動機、 即ちアンクルエスケープメントである。

此のアンクルエスケープメントの中に於いても、多少其形式を異にするものがあるのであって、之を別って次の五の形式とする。

  1. 米瑞式(べいすいしき)アンクル(クラブツース式 : Club Tooth)
  2. 英式(えいしき)アンクル(ラチェットツース式 : Ratchet Tooth)
  3. (はり)アンクル(ピンパレット式 : Pin Pallet)
  4. クラブローラ式
  5. ラックリバー式

上記の中、四と五は旧式に属するため、説明は省略する。
殆ど全部と云っていい位に大多数を占めて居るのは、一の米瑞式アンクル、即ちクラブツース式であって、 米国及び我国にて製造さるるものは全部此式で、瑞西では全部ではないが、大部分は此式である。
二、の英式アンクル、即ちラチェットツース式は、稀に修理を託されることがあって、英国にて製造される時計は全部此式である。 三、の針アンクル、即ち ピンパレット式は、懐中時計には極く稀で (※1)、掛置時計の天府振及目覚時計等には、殆ど此式が用ひられて居る。

之等三つの式も、大体は同じ様なものであるが、ガンギ車の歯の先端をクラブツース式及びピンバーレット式は斜めに切取ってあるが、 ラチェットツース式は、切取ってなく尖って居ることと爪石の幅がクラブツース式のよりも、ラチェットツース式の分が広く、 ピンバーレット式は、爪石の代用として針金を使用してあること等が大体の相違である。

アンクルエスケープメントに属する部分を、次の八つに別ち説明をなす。

  1. ガンギ車真及ガンギ車
  2. 爪石又は下駄歯(げたは)、アンクル真、下駄歯体、 アンクル竿及振切止(ふりきりどめ)
  3. タボ石(ローラーストーン)及タボ座
  4. 天府真
  5. 天府
  6. ヒゲ全舞、ヒゲ玉、ヒゲ持
  7. 緩急針(かんきゅうしん)及ヒゲ(はさみ)
  8. アンクルユトリ(どめ) (バンキングピン、又は堤ピン(どてぴん)

一、 ガンギ車真及ガンギ車

之は、伝車の部類にも入れば、エスケープメントの部類にも入る所のもので、ガンギ車真はガンギカナと同一体をなし、 真円でガンギ車に垂直であって、キチット動かない様カナに依ってガンギ車に嵌り込んで居て、之は全部鋼である。 ガンギ車も、殆ど大部分は鋼製であるが真鍮製のものもある。
ガンギ車の歯数は十五本が最も具合がいいと云うことが証明されてからは全部此の数を用ふる様になった。

ガンギ車の図 出典 : 基礎時計読本

クラブツース式(米瑞式アンクル)

ラチェットツース式(英式アンクル)

クラブツース式のガンギ車の歯は、爪石と接触する箇所、即ち爪石に力を与える箇所が三箇所あって、ロッキングフェース(閉止面)、 ロッキングコーナー(閉止角)、インパルスフェース(開進面)の三つである。
ガンギ車の中心を中心点としてロッキングコーナーを通過する円周をガンギ車の圏線と云ひ、背角を通過する円周を周線と云ふ。
ガンギ車の中心よりロッキングコーナーを通過する直線を引き、 此の線に対しロッキングコーナーを基点として二十四度の角度に前方(ガンギ車の歯が向かって来る方)にガンギ車の輪に向かって直線を引く。 之が即ちロッキングフェースで、此の閉止面の二十四度の傾斜角をドロウと云ふのである。

インパルスフェースの幅は、ガンギ車の中心より閉止角を通過する直線に対し、やはりガンギ車の中心より前方、 即ち左方(ガンギ車を手前に天府を前方にして眺めたる時向かって左)に四度二分の一の角度に切られ、其面は直線であるが、 圏線と平行しては居ないのであって、閉止角の反対の角、即ち背角は少し外方に出て居る、即ち高くなって居る。 之に依って爪石を押開き、全舞より各伝車を通じてガンギ車迄来て居る所の力を、爪石よりアンクル竿を通じてタボ石に伝え、 天府の振動を助ける作用をなすのであって、之をリフト即ち開程と云ふのである。

ロッキングフェースの背面は、弓形に凹む様に切られて居て、其先端は爪石が接触せない様急角度に切られて居る。 此の角度は一定しては居ないので、兎に角爪石が接触せない程度であったらいいのである。

歯の長さ、即ち閉止角より閉止面を通じてガンギ車の輪に至る距離は、圏線の十二度に等しい。 即ちガンギ車の中心より閉止角を通過する直線に対し、同一中心より圏線まで十二度の角度に一直線を引き、 此の線と圏線と交差する点より、閉止角迄の距離が即ち歯の長さである。
歯数は十五であるから、閉止角より次の閉止角に至る距離は、ガンギ車の中心より二十四度の角度をなして居る。

アンクル軸真の中心を求むるには、ガンギ車の中心より一線を引き、圏線より外方に引伸ばす。 そして、やはり同一中心より此線に対して三十度の角度に一線を引き、此線と圏線との交叉点より接線を引く。 此の接線と始めの一線との交叉点が、即ちアンクル軸真の中心となるのである。 接線とは直線の一点が、円に接して居るのを云ふので、即ち接線の接点より中心に向かって引かれたる半径と、 接線とは垂直、即ち九十度の角度をなして居る。此の式の腕金は四本となって居る。

ラチェットツース式も他は全部同様であるが、只インパルスフェース、即ち開進面が無く、背面は閉止角より直線に切落してあって、 閉止角は十二度の角度に尖って居る。 そして腕金は、三本に切ってあるだけの相違である。

針アンクル、即ちピンパレット式のガンギ歯は、クラブツース式に良く似ているが、只歯の開程(リフト)及開進面の幅が、 少し大であることと、歯の長さが比較的短いことと、歯の背面が直線をなして居ると云ふ位の相違で、他は殆ど同一である。 即ち歯の開進面は九度二分の一、歯の開程は五度、歯のドロウは五度、歯の長さは圏線の五度で、 他はクラブツース式と殆ど同一である。

歯車の圏線と云ふのは、何れの式に於いても閉止角を通過する所の圓線と云ふので、此の線を基準として測定する。

ラチェットツース式(英式)アンクルエスケープメント

二、 爪石又は下駄歯・下駄歯体・アンクル真・アンクル竿及び振切止

爪石は、下駄歯体の両端にある下駄歯枠に各一個宛取付けてあって、ガーネット・ルビー・サファイヤ等で作られ、 安時計には硝子或いは鋼等を用ひてある。 又旧式時計には、下駄歯体と同一体に鋼にて作られたものもある。
此の爪石は、ガンギ車を通じて全舞の力を受ける箇所が三箇所あって、即ちロッキングフェース(閉止面)、 ロッキングコーナー(閉止角)、インパルスフェース(開進面)等である。

開進面の幅は、クラブツース式の分は、ガンギ車の中心より六度に、ラチェットツース式の分は十度二分の一に切ってある。 そして、ガンギ車の場合と同様に、閉止角より背角が出張って居る。 其の度合は、クラブツース式の分は五度二分の一、ラチェットツース式の分は八度二分の一で、 ピンバーレット式の開程は一度二分の一である。
此の度合は、アンクル軸の中心より、閉止角と背角を通過する二本の直線に依って測る。 之をリフト即ち開程と云ひ、ガンギ車のリフトと共に力を伝へるに、最も大なる役目をなす。 それから、爪石とガンギ歯との喰合の度合を、閉止即ちロックと云ひ、 之はアンクル轉の中心より爪石の閉止角とガンギ歯の閉止角との二点を通過する二本の直線に依って測り、一般に三度位としてある。 此の度合は、時計が精巧に出来て居るだけ小でよろしい。 此のロックが、ガンギ歯の方に滑り込んだり、滑り出したりする所である。

ガンギ車の中心より、閉止角を通過する一線を描き、此の閉止角を起点としてアンクルの方向に十二度の線を引けば、 之が即ち爪石のロッキングフェース(閉止面)で、此の十二度の角度を、ドロウと云ひ、此の角度の関係でガンギ歯の閉止角が 具合良く滑り込んで、確実に爪石を支持するのである。

ガンギ歯が、爪石を閉止して居る際、此の両方を合したる幅は、ガンギ車の中心より測定して十度二分の一である。 理論上より云へば、ガンギ車の閉止角より次の閉止角に至る距離の半分の広さ、即ち十二度になるが、実験上は十度二分の一が 最もいいことになって居る。 此の理論と実験との差、即ち一度二分の一を称してドロップと呼ぶ。 之は、爪石と其の爪石を離れたる時のガンギ歯のユトリ、即ち間隙を云ふのであって、此の間隔があるが為に、 爪石とガンギ歯相互の背角の接触を防ぎ、アンクルとガンギ車との運動を円滑ならしむるのである。 ドロップの度合は、ガンギ車の中心よりガンギ歯の背角と爪石の背角とを通過する二線に依って測定する。

爪石が開いて居る場合、アンクル軸の中心より其の爪石の背角を通過する一線を引き、 次に同一中心より今其の爪石を離れたるガンギ車の背角を通過する一線を引けば、一度二分の一の間隙を生ずる。 之を背角開程と云ひ、最も大切な役目をなす。
例へば、今歯が後方爪石の背角を離れたと仮定すれば、其の瞬間歯は前方爪石の閉止を二等分せる点に落下し、 直に爪石の閉止終点迄すべり込む。 此のすべり込む度合は背角開程と等しく、此の動作に依ってタボ石に第二の力を与へ、且つアンクル竿をバンキングピンに押し付け、 又は引付けしめて、振切止とタボ座との接触を防ぎ、天府の運動を活発ならしむる働をなす。 歯の開進面が、爪石の開進面をすべることに依って生ずる力を第一の力と云ひ、之に対し前者を第二の力と云ふのである。

一方の爪石の閉止角より、今一方の爪石の閉止角に至る距離は、ガンギ車の中心より測定して六十度の角度をなし、 而して之等の閉止角は、アンクル軸の中心より同一距離にある。

クラブツース式(米瑞式)アンクルエスケープメント

針アンクルは、下駄歯体がガンギ車の下部迄伸び出て居て、丁度爪石の閉止角にあたる点に鋼の針金を軸真に平行して打込んであって、 之が爪石の代用をなすのである。 針金の大きさは、ガンギ車の中心より測定して二度、開進面は一度、開程は一度半である。

下駄歯体は、鋼で両端の枠には左右の爪石が正規に嵌る様になって居て、其の少し左に寄って軸真が取付けられる様に穴を穿たれて居る。 アンクル竿は、下駄歯体にネジにて取付けたものと、同一体になったものとがある。 針アンクルの下駄歯体は、大概真鍮製で、軸真と針アンクルとが打込まれる穴が穿たれて居る。

軸真は鋼製で、ネジを切られ、下駄歯体に捻込んであるが、ピンパレット式は堅く打込んである。

アンクル竿は、やはり大部分鋼製で真鍮製のも稀にある。 其の先端には両方に角があって、其の角の中央に四角の切込みがある。 角はホーンと云ひ、四角の切込みが刺股(さすまた)と云ふ。 此の刺股はタボ石に依って蹴られ、爪石の閉止が外れると同時に、今度は反対にタボ石を蹴って力を天府に伝える働きをなす。

アンクル竿の長さ、即ち軸真より刺股のタボ石に依って蹴られる箇所迄の長さと、 同一軸真よりガンギ車の中心迄の長さとが同一であって、タボ石より天府真迄の長さは、竿の長さの三分の一であるから、 ガンギ車の中心より、アンクル軸真までの距離と、アンクル軸真より天府軸真迄の距離とは、三と四の比例をなす。

刺股の幅は、アンクル軸真より測って約五度二分の一に切ってあり、深さはタボ石が接触せない丈深く切込んである。 タボ石と刺股との間隔は、同中心より測って一度四分の一である。
アンクル竿の動作は、アンクル軸真より測って約十三度の角度をなすが、ピンパレット式に於いては十一度である。 刺股圏線上に於けるサスマタの動作は、天府の中心より測って約二十六度である。 ピンパレット式の中でも、ヘソ形目覚時計は少し異なる点があるから、これは別に述べる。

振切止(セーフチーピン)は、単一タボ座の場合には、タボ座の外縁の下部にあたる箇所のアンクル竿に垂直に打込んであり、 二重タボ座の場合には、刺股中央の下部に竿と平行に打込んであって、其の先端は下部タボ座の外縁迄より少し長くなって居る。
振切止と角との先端はアンクル軸真より測って同一の長さのものが多い。 振切止の大きさは、同所より測定して約三度で、之等は何れの場合でも多く真鍮製である。

之等振切止は、振切を防ぐ為に必要なもので、振切とはタボ石が刺股に蹴込む前に時計の振動其の他の原因に依って、 ガンギ歯と爪石との閉止が外れ、刺股がタボ座を先きに通過してしまって、其の後からタボ石が廻って来て、 刺股の角の外部に支へられ、運転を停止するのを云ふのである。
爪石が閉止されて居る時の振切止の位置は、決してタボ石と接触してはいけないので、極く僅かのユトリがなければならない。

三、 タボ石、タボ座

タボ石は、並時計には硝子又はガーネット等を、高級時計にはルビー、サファイヤ等の上質の石を、安時計には鋼針を使ってある。 タボ石の形状は、円、楕円、四角、三角、半円等が使用されて居たが、現今に於いては、殆ど全部半円形のものが用ひられている。 併しピンパレット式には、円形の鋼針を一本、又は二本使ったのが多い。

此の半円形のものは、直径の七分の二を切捨ててあって、各形状の中で最も理想的のものである。

タボ石が、刺股を蹴る所の点を通過する圏線(天府真を中心として)が、タボ座運動の圏線と云ふのであって、 タボ石の幅は、天真より此の圏線上に測って十二度で、其の長さは刺股より僅かに下に出て振切止に接触せない程度である。
此のタボ石は、タボ座の穴に植え込み、シケラックにて固着してある。

タボ座は単一タボ座(シングルローラー)二重タボ座(ダブルローラー)とがあり、単一タボ座は大概鋼製で、二重タボ座は殆ど真鍮製である。

単一タボ座には、タボ石の恰度前方にタボ石を指示するに適当な丈の余地を残して切込みがあり、 二重タボ座に於いては、下部の小タボ座に切込みがある。 之をクレッセントと云ひ、振切止を通過せしめる為のもので、其の幅は、天府の中心より約三十八度で、 深さは振切止が容易に通過する程度である。
天府の嵌る中央の穴は、タボ座外縁の丁度中心に在りて、単一タボ座に於いては、其の外縁、 二重タボ座に於いては下部タボ座の外縁は必ず滑らかに磨かれていなければならない。 そして、タボ石は、全舞が全部戻ってしまって其の力がなくなって居る場合には、正しく刺股の中にあって、 天真とアンクル軸真との一線上に在るを要し、之をビートの姿勢と云ひ、此の姿勢にある時計は其の刻音が常に同一である。

左から、単一タボ座、二重タボ座
クラブツース式(米瑞式)アンクルエスケープメント

四、 天府真(天真)

天真は、天府の軸真で、天府(りん)、ヒゲ玉、タボ座等は、全部之に依って支持され、 鋼にて製作されて居る。 之は真直であって、少しでも曲がっては居てはいけない。 そして、ホゾ・油持・ヒゲ玉座・天府台・タボ座と、夫々時計に依って、長さ及大きさが一定されて居るのであって、 長さ及大きさに僅かの差があってもいけない。
各部分が精密に、正規の大きさ及長さを有して居なければならない。

天真のホゾは、ラッキョホゾと云ひ、恰度(らっきょ)見た様に、円錐形状をなして居るのが、 他の諸車のホゾと異なる所で、之は天真ホゾは、殊に小さく折れ易いから、力を強くする為に円錐形状としてあるのである。

五、 天府

天府は、 賠補(ばいほ)天府(切天府)と 無賠補(むばいほ)天府(切天府に非ざる物)とに大別し、 無賠補天府は、之を三つに別つ。

其一は、三本の腕金を有し、輪の上部が円味を帯びて、輪の側面には一本の振切止(せん)を有するのみで、 他にネジ、其の他何物も付着せしめてない所のものであって、之を丸天府と云ひ、シリン時計にのみ使用され、殆ど真鍮製である。

其二は、四角の金属で丸き輪を作り、其側面の周円にネジに似せて同一体に切り出してあって、横断帯状の一本の腕金を有し、 其の中心に天真を嵌める所の穴を穿(うが)たれて居るので、真鍮又はニッケル等で作られ、 シリン時計又は下級のアンクル時計に使用されて居る。

其三は、大概の形状は其二と同様であるが、側面に多くのネジを取付け、 此のネジに依ってバランス即ち平均を取る様に出来て居るのであって、前二者よりも此点丈は便利である。

以上三つの天府は、温度に対する調節が取れないのであって、寒暖の差に依って時間に遅進を生ずる。
夏と冬、懐に入れて居る場合と机其他の場所に置いて居る時等に依って、時間が一昼夜に二・三分から五・六分位進んだり、 又は遅れたりするから、之等の天府を有する時計は、決して時間の正確を期することは出来ない。
何となれば、温度の上昇に依って膨張し、温度の下降に依って収縮する所の膨張率が、殊に金属は大であるから、 天府も同様、温度に依って膨張し或いは収縮する。 膨張すれば輪が大きくなって、外方に重みが加はるから振りが遅くなり、反対に収縮すれば輪が小さくなって重みが内に依って来るから、 振りが速くなり進むのである。
之等の欠点を除く為に、種々の方法に依り努力されたのであったが、何れの方法も完全を期することが出来なかった。 然るに切天府の発明に依って、完全に之等の欠点を除くことが出来たのである。

無賠補天府(切天府に非ざる物) 左から、其一、其二、其三

賠補(ばいほ)天府、即ち切天府は、腕金に接近せる相反する二箇所を切断され、 そして輪は二種の金属を合わせてある。 即ち、内側は鋼、外側は真鍮となって居る。 真鍮は鋼より膨張率が大であるから、温度が上昇した時には、切口の所より内側に曲がり込んで重量が外に広がらない様になり、 又反対に温度が下降した時には、鋼より真鍮が余計に収縮するから、輪は切口の所より外方に広がり、 重量を内方に寄せないので、常に平均状態を保つことが出来るのである。

ウォルサム十八サイズには、四本の安置ネジが輪に互いに相対して取付けられ、之をクォータースクリューと云ひ、 決して他に移動せしめてはいけないので、天府の平均を取る場合と、時間の遅進を訂正する場合に、之をねじ込むか、 又は反対に少しねじ出すかして調整するのに使用する。 之を少し抜き出せば時計は遅れ、ねじ込めば進む。 然し此際は、相対するネジを同じ程度に抜き出したり、ねじ込んだりせなければいけないので、一方丈扱ったり、 又は不均一に扱ったら天府のバランスが破れる。

そして、此の定置ネジ以外に、錘ネジが八本以上相対して取付けられている。 之は温度に対する調節を行ふ為のもので、此のネジを移動することに依って温度に対する遅進を調節することが出来る。 此のネジは切端に近く移動せしむる程効果が多い。 一個のネジを移動せしめたら、必ず之と相対するネジを同様に相対する様、移動せしめなければならない。

之は華氏四十度より九十度の範囲内に於いて、遅速なき様調節すべきもので、一度調節されたものは決して此ネジを変更してはいけない。 併し近頃の大多数の時計には、相異なりたる四本の定置ネジなく、同一の錘ネジのみを配置してあるのが多い。

六、 ヒゲ全舞・ヒゲ玉・ヒゲ持

ヒゲは主として鋼で作られ、平たい帯状のものを渦状に巻いてあるのであって、之をコイルと云ひ、 渦と渦との間隔は始めより終迄同一である。
ヒゲの内端は、ヒゲ玉に取付け、ヒゲ玉は大概真鍮で作られ、其の一端は少し位異なる大きさの天真に合わせられる様、切割ってある。 ヒゲの内端は一本の真鍮栓に依って、ヒゲ玉の側面にある穴に、ヒゲの外端はやはり一本の真鍮栓に依ってヒゲ持の穴に取付けてある。
ヒゲ玉は、天真のヒゲ玉座にキチット動かない様嵌め込まれ、ヒゲ持は天府押に固く嵌め込むか、又は嵌め込んで、 側面よりネジにて締め付けてある。 稀には天府押と同一体に作ったのもある。 高級の時計は、大抵ネジで締める様になって居り、天府と同一体になって居るのは一番安い時計に多い。 之は大抵真鍮製であるが、高級時計のは殆ど鋼製である。

ヒゲの一番外端の渦を、他の渦の上に接触せない様に曲げ込んで、一般のものよりも天真に近くヒゲ持があって、 之に取付けてある所のヒゲを、巻上(まきあげ)ヒゲ(ブリーゲットヘヤスプリング)と云ひ、 巻上でない所のヒゲを平ヒゲと云ふ。

巻上(まきあげ)ヒゲは、高級時計にのみ使用されて居て、平ヒゲよりも敏感で、 完全に時間の調整が出来るのである。 此の巻上ヒゲは、一重丈巻上られて居るものと、二重に巻上げられたものと、 又提灯(ちょうちん)ヒゲと云って、円筒形に全部が巻上げられたものとがあって、 何れも其効果大した相違は無い様であるが、提灯ヒゲは何れの点に於いても、其の弾力が一定して居ると云ふ特徴がある。 之はクロノメーター時計に多く用ひられて居る。

一般に多く用ひられて居るのは、一重の巻上ヒゲである。 巻上ヒゲは、天府の直径の半分位の直径を有するもので、渦即ちコイルが成可く密集して居るのがいいのである。 巻上ヒゲを作るには、二本の先端が良く尖った所のヒゲ箸を使用して、曲げたる箇所が他の渦に接触せない様、 曲げ込んだらいいのであるが、ヒゲ挟が移動する範囲丈は、 穴石の穴を中心としてヒゲ挟の点迄を半径とする孤線を画く様に曲げねばならない。

ヒゲは、長過ぎれば時間が遅れ、短過ぎれば進む。 又同一長さのヒゲでも、弾力の弱いのは遅れ、強いのは進む。

ヒゲは一定の期間を区切って、巻かったり戻ったりして、天府・天真・タボ座・タボ石等を同行し、 タボ石をしてアンクルの刺股を蹴らしめ、ガンギ歯と爪石との閉止を外して開進せしむるのが目的である。

ヒゲ・天府・タボ座等は天真に垂直に、タボ石は平行に取付けられ、タボ石が刺股を蹴り、ヒゲがヒゲ挟の両内面に、 交互に接触する以外には、之等相互は勿論、其他如何なるものとも決して接触してはいけないのである。

左から、平ヒゲ、巻上(まきあげ)ヒゲ(高級時計用)

七、 緩急針 及 ヒゲ挟(カーブピン)

緩急針(かんきゅうしん)は、大抵鋼製で、其中央には丸穴を有し、穴石の穴を中心として廻せる様、 天府押の上部に受石押に依って取付けられ、其の先端に、二本の金属の栓を下方に向けて之に垂直に取付け、 此の二本の栓にてヒゲの外端をヒゲ持に近く挟む様になって居る。
之をヒゲ(はさみ)と云ふので、鋼又は真鍮で作ってある。

之をヒゲ持に近づくれば遅れ、反対に遠ざくれば進む。 此のヒゲ挟は、ヒゲをユトリが無い様にピッタリと挟んではいけない。 必ずヒゲが少し左右に動く位に、ユトリが必要だ。 そして時計が運転を停止して居る時には、ヒゲは二本の栓の何れにも接触せず、其の中央に位置し、時計が運転してる時には、 二本の栓に平等に交互に接触するを要す。

此の二本の栓を近くれば進み、遠ざくれば遅れる。 併し之は一定の間隔を常に保たして置くべきもので、遅速を調節すべき性質のものではないが、萬巳を得ざる場合には、 之を応用することもある。
平ヒゲに於いては、如何なる場合でも次の渦がヒゲ挟に触れてはならず、巻上ヒゲの場合には、 巻上の部分及ヒゲ挟みが下部の渦に触れてはならない。

八、 アンクルユトリ留(バンキングピン、又は堤ピン)

バンキングピン、即ちアンクルユトリ止栓は、アンクル竿の運動を制限する為に設けられたるもので、 アンクル竿の両側に打込んである二本の栓である。 又之はネジとなって居るのもある。 之はネジ頭が栓の中心を外れる様に作ってあるから、ネジを廻せば其の位置を変更することが出来る。 之をバンキングスクリュウと云ふ。

それから、旧式の瑞西時計には、アンクルの活動する部分丈、地板を彫り込んであってバンキングピンを有せず、 彫り込んだ両側の地板が、其の代用をなす様になったのもある。 斯んなのは、切タガネを側の地板に当てて敲き出すか、又は(やすり)で磨削するかして位置を訂正する。

此のバンキングピンの位置は、エスケープメントの活動に重大なる関係を及ぼす。 即ち、アンクル竿が之に押付られ、又は引付けられて居る時に、振切止がタボ座に接触してはならない。 タボ石の中心は、最初サスマタのカドを蹴り、漸次其の内面に少し入込んで、完全に刺股の内を蹴らなければならない。 それから、又ランを生ぜねばならないのであって、ランとは爪石とガンギ歯との閉止が外れない程度に、 此の竿を針先にてバンキングピンより離してから、針を取り去れば、それと同時にアンクル竿は元のバンキングピンに勢よく、 パッと引付けられ又は押へ付けられる。之をランと云ふのである。
引付けられ、押へ付けられると云ふことに就いて、一寸説明して置く。 前方爪石の閉止の場合は、ガンギ歯より押へ付けられたる気味だから、此の場合を押へ付けられると云ひ、 後方爪石が閉止の場合は、ガンギ歯より引付けられたる気味だから、此の場合を引付けられたると云ふのである。

ランの生ずる原因は、爪石及ガンギ歯のロッキング面の傾斜の度、即ちドロウの関係に依って、 爪石がガンギ歯を受止めると同時に、ガンギ歯の方に滑り込むに依って生ずるのであるが、 併しバンキングピンの位置が悪くして、アンクル竿が之に寄りかかった場合に、振切止がタボ座に接触するか、 又は接触せなくとも、余り近すぎてユトリがない場合には、ランを生ぜない。 と云って又ランが大に過ぎてもいけない。 ランが大に過ぎると云ふことは、閉止が大となることで、即ち爪石とガンギ歯の喰合が深くなることであるから、 之が深くなればなる丈、閉止を外すのに多大の力を要する訳で、即ちタボ石の戻りを妨害する。 換言すれば、天府の震動力を削ぐことになるのである。
此の閉止やラン等は、精巧に出来た時計になる丈、少なくていいのであって、精巧なる時計の一方のバンキングピンより、 一方のバンキングピンに至るアンクル竿の動作の角度は、アンクル軸真より測って、十度二分の一より十三度位であるが、 下級の時計になれば、まだ角度が大となって居るのもある。 閉止やラン等の大きさは、アンクル竿動作角度の大小、及バンキングピン相互の距離の大小に、正比例して居るのである。

出典 時計並蓄音機学理技術講義録 大阪時計学院
(大正時代)


(注1)ピンパレット式は、懐中時計には極く稀

ピンパレット式(ピンレバー)は1868年にロスコフが最初に用いたため Roscopf Watch(ロスコフ ウオッチ)、 あるいは1ドル位で買える時計だったためワンダラーウオッチと俗称される。

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