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時計を描いた焼き物

8. ハイカラ醤油瓶新旧対決!?

左:波佐見焼醤油瓶 19cm
右:美濃焼醤油差 7.5cm

日本の調味料の代表として毎日の料理に欠かせない醤油ですが、今のような醤油が一般に普及したのはそんなに古い事ではないようです。
江戸中期頃からそれも余裕のある武家や町人社会から普及しだしたもので、万人の口に入るようになったのは案外最近の事なのです。 ところが高価で一般に普及していなかった江戸初期から醤油は長崎の出島から東南アジアやヨーロッパに輸出されていました。 醤油は古くから海外では高価な調味料として貴重品だったのです。 特に幕末の頃には大量の醤油が輸出されていました。

コンプラ瓶

今回ご紹介するコンプラドール(コンプラ瓶)と呼ばれる出島から輸出された醤油瓶は有名で、いまでもヨーロッパの古物商でも 見ることが出来ます。
CONPRADORはポルトガル語で仲買人という意味で長崎出島でオランダ人相手に商売する特権を持った商人の事を コンプラ商人といい、其の組合をコンプラ仲間と呼び、金冨良商社ブランドの醤油瓶を作り輸出したのです。 幕末から明治初期が最盛期で醤油三合入り徳利が長崎、波佐見焼きの窯で年間40万本作られたといわれています。
上写真の徳利がそれで肩に染付けでJAPANSCHZOYAと書かれています。 裏にコンプラ社を示すCPDの押印のあるものも有ります。
JAPANSCHZOYAとだけ有るものは江戸期の古いもの、押印は開国以降のものと考えられています。印版染付のものも有ります。                                              オランダ語の醤油SOYAがなぜZOYAになったのかは諸説あり、ドイツ語のJAPANISCH SOYASAUCE(日本の醤油)の発音がなまって定着したという説もあります。 比較的新しい輸出瓶でありながら古きよき時代の味を残したこの長崎、波佐見焼の醤油瓶には現在も多くのファンがいて人気者です。 (JAPANISCH SAKY と書いてあるものは酒を入れて輸出したものです。)

時計の小型醤油瓶

美濃焼醤油差

7.5cm

おむすび型のグッドデザイン

さて、上写真の小型醤油瓶(醤油差し)は醤油を輸出したものではなく、変わり型醤油差しとして戦前に輸出されたものでは ないでしょうか。
おむすび型のスタイルで時計の文字板のアラビア数字とローマ数字を両側に持ったお洒落なものです。 瀬戸か美濃あたりの焼き物だと思われますがこういった感覚は時計形掛花立に通じるもので国内向けというより輸出向けのものでしょうか。
この自由な発想のデザインの醤油瓶を見ると改めて日本人の創造豊かな感性に驚かされます。 タイムキーパーグッドデザイン認定!ポン!◎

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