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時の記念日

6. 西洋時辰儀定刻活測(江戸後期)

西洋時辰儀定刻活測

小川 友忠著
天保九年(1838年)初版
安政四年(1857年)増補改訂版(佐倉、鈴木源太蔵梓)
木版36ぺ―ジ折本、20x8.4cm

西洋時計の解説書で、西洋の平等時と我が国の不等時の事を述べ、西洋時計の時針と分針を取り上げて長針の効用を強調している。 西洋時辰儀大意並長針を以って時を測る法、長針の回数を知る法、正午を正す法、数十項にわたって西洋時計の新知識を伝えている。 また和時計時刻と西洋時計の時刻対照表を詳細に計算して出している。

この本のユニークな記述は「明暮六定ノ法」という項目で、明六つと暮六つは時刻をなかなか定めにくいので次の様に紹介している。

「明暮の六つ甚だ定めかたきものなり、先ず六つを定むるには大星パラパラと見え又、手の筋を見て細き筋は見えず、大筋の三筋計り、 かなりに見ゆる時を六つと定む」

西洋時刻との差違を詳しく述べてる割には、 自分の手の甲を見て、大きい筋が3本見えるか見えないかで六ツを決めろ、と言うアバウトな説明が対照的で面白い。

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正午を正す法

時計は正午かけにあらざれば委しからす先ず日時計を以って正午をただし正午に長針短針十二の字の正中に重子夫よりかけ始め 時計の長短をよく調え日日正午に長針短針十二の字の正中に重なるようにすべし 又何程刻割を委しくしても正午の定め違ふては詮なし日時計にて正午を見るには南北と地平と表針と此三つを正しくすること肝要也

時計は日時計を利用して正午に合わせて、使い始めなければいけないとして、日時計の作り方、調整法を説いている。

東都定刻

和時計時刻と西洋時計の時刻対照表

西洋時辰儀定刻便覧 完

西洋時辰儀定刻便覧 完

文久三歳(1863年)次癸亥季春、
皇都 斎授堂中邨(村)好則蔵梓、
折本、木版12ページ、19.8×6.2cm

西洋時刻の解説本で、時辰儀定刻活測の引用があるように、同書を参考にして京都にて出版した類似本である。 京都における(皇都定刻)和時刻と西洋時刻の差異を対照表で図解したもの。

外袋の裏銘に「皇都 六條中数珠屋町、御用御時計師 中村籐五郎居蔵」とあり、 京都の内裏の仕事を受けていた御用和時計師の出版で有るのが珍しく、興味深い。 江戸後期には都会では時計師が町に出て町民を相手に商売を始めていて、 独案内などの買物案内ガイドブックにも和時計師の名前が載るようになった時代であったが、 和時計の代表時計師である御用御時計師が西洋時計の見方の解説本を出版するのも時代の変遷でであろうか? 田中久重も和時計も西洋時計も両方商売の種にした人であるが、 この本からも敵対勢力(西洋時計)も上手に商売に利用していた和時計師がいた事がうかがい知れて面白い。

西洋 時辰儀定刻便覧

およそ西洋の時刻の法は午正(正午)より子正に至るを十二時とし、子正より午正に至るを十二時とす、 故に本邦昼夜平分の時に比すれば彼の一時は我半時、彼ののニ時は我一時にあたる、これ立春後立冬前各11,2日頃のみただちに彼の時を用ゆえし、 その他は昼夜長短あり、左の表を査して知るへし、ただ常に変させるものは昼夜の九午子正にて即彼の十二時なり、 これによりてこの器の一周を正すは必ず日中を用ゆへし先測景羅盤(日時計)をもって日中を測り、午正に長短両針を改転し十二字の字の正中に重ね、 これを始めとして夫より長短めくりて又元の十二字の正中へ行けば、これすなわち一周六十分にして短針は1の字へ行く・・・・・

皇都定刻 (前半)

京都における和時刻と西洋時刻の差異の対照表

皇都定刻 (後半)

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